韓国旅行顛末記

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    2月14日と15日に、The East Asian Journal of British Historyの発刊のことで韓国釜山にi行ってまいりました。参加者は日本側から 秋田茂さんと鶴島、韓国側からYoung-suk Lee, Joonglak Kim, Seungarae Cho、 Youngkwon Chungの4名の計6名の参加でした。

    最終的にはThe East Asian Society of British Hisotry(東アジアブリテン史研究会)の設立で合意しました。現時点では、会員は6名からの出発ですがこれから、会則に従って会員を募ります。当日は私の作成した会議次第と若く才気にあふれたYoungkwon Chungさんの作成したAssociation ArticlesとBy-Laws にしたがって議論が進みました。Association ArticlesとBy-Lawsは現在修正中ですので完成次第掲示いたします。

    初代会長はYoung-suk Leeさんと鶴島博和のco-chair体制でいくことになりました。それは、主要な会の活動が毎年の上記ジャーナルの発行と三年に一回の大会を、韓国側と日本側が交互に行うためです。これに伴い上記雑誌は正式に学会誌となりました。将来的には学術団体を目指して進んでいく予定です。

    さて、大変な旅行でした。14日釜山は大雪、とはいっても札幌育ちの私にはただの雪でしたが、韓国では南国釜山、空港は閉鎖の大騒ぎでした。ソウルや光州や慶州などあちらこちらから集まっていただく以上、飛行機が飛ばないだけで行かないわけにはいきません。ついに高速船ビートルで冬の対馬海峡を横断しました。半分船酔いしながら釜山に着いたのが17時。しかし、車も麻痺。山がちの釜山。丘の上にあるホテルまでタクシーは行ってくれません。なんせノーマルタイヤ。しかも韓国側と連絡が取れず、ホテルに電話しても私の予約がないといわれ、韓国の方のお名前を正確に発音できず、誰が宿を取ったのかもわからず、変なおじさんの車に乗って駅まで行きました。1万W。ぼられました。コーヒーを飲みながら途方にくれて駅前で時間をつかいました。その後何とかChungさんの携帯番号が判明して迎えに来てもらいました。秋田さんはなんと、ソウルに飛び、そこからKTXで釜山に来ました。到着したのが23時。歩いて凍った坂を上ってホテルへ。翌日は晴天でした。会議のあと魚市場で鯛や平目の刺身、鮑と牡蠣をご馳走になりました。アンコウです



    まだ到着しない秋田さんを待って駅前の食堂でアンコウをつまむ私たちです(14日)


     







    左からLeeさん、ひとりとばしてKimさん、秋田さん、Chungさん。Cho先生は奥様のお加減がよくなく夜帰られました。

    (15日昼)












    鮑がたくさん





















    朝の釜山(ホテルの窓から:15日朝)


    帰りはスムーズ。帰宅したの22時でした。

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